コラム「僕と憲法」第4弾!!(憲法劇)

2008/01/25  CATEGORY/コラム
コラム 「僕と憲法」 第4弾!!


小林教授と憲法
                                    弁護士 浅川壽一

1 1986年、大学の法学部に進学した私は、極めて平凡な大学生でした。軽音楽のサークルに所属し、バンドの練習とバイトに明け暮れる毎日でした。

  そんな私が、憲法に出会ったといえるのは、大学3年。演習(いわゆる「ゼミ」)に、憲法を選択してからです。私の指導担当は小林孝輔教授。当時出版されていた憲法判例集の編者であり、戦争を経験した憲法学者であり、非常に指導熱心な教授でした。当時は著名な教授であると知りもせず、ユーモアあふれる講義を聴講していて、その人柄に惹かれたのです。


2 憲法のゼミに参加してから、私は、よく叱られていました。自分が担当する発表で、「人権も大事ですが、国の負担となるようなことは、やはり、公共の福祉による制約ということで・・・」などと言おうものなら、「君は何を言っているのか!憲法は少数者の権利を守るためにあるのだ!君は憲法の価値がわかっていない、やりなおし!」と、大目玉を頂戴しました。当時の私は、人権の価値について、全く理解していなかったのです。今思い返せば、恥ずかしい限りです。

  やがて、学年が進み、就職も決定した大学4年の年始。犯罪報道と被疑者の人権というテーマを選んだ私の卒業論文を、教授はとても褒めて下さりました。マスメディアによって袋だたきになっている犯罪の被疑者にも、人権はあるはず。多勢の欲求を満足させるような報道で、被疑者の人権が侵されてもよいのか・・・こんな問題意識から、論文を書いたのでした。このころ、人権感覚というものが少しずつ芽生えてきたように思います。同時に、初めて弁護士という職業に対して、興味を持ち始めたのです。


3 しかし、私は司法試験に挑戦することなく、内定していた証券会社に就職しました。仕事をしながらも、人権がないがしろにされる世の中を身近に見て、やりきれない気持ちになりました。ある日、なんとかならないものかと思い立ち、証券会社を退職し、弁護士を志して、司法試験に挑戦することにしたのです。

司法試験受験生になってから、小林教授は、ことあるたびに私のことを気にかけて下さっていたようです。2004年11月、私は司法試験に合格することができました。早速、小林教授に電話で連絡をとったところ、「おめでとう!君なら必ず合格すると思っていたよ!」と暖かい言葉を頂きました。後日、挨拶に伺う約束をして、その日は電話を置きました。しかし、残念なことに、小林教授の声を聞いたのはこれが最後となってしまいました。私の合格から数日後、小林教授は、自宅にて逝去されたのです。


4 合格から二年後、司法研修所の研修を終え、私は弁護士登録しました。せっかく小林教授から憲法の価値を教わったのですから、憲法を活かせる事務所を選びました。それが、現在勤務している横浜合同法律事務所です。

弁護士としての毎日は想像を絶する忙しさであり、また、ストレスの連続です。時には、気持ちが折れそうになることもあります。しかし、そんなときには、小林教授の言葉を思い出し、前向きな気持ちに切りかえて、仕事に取り組んでいます。夜の事務所で裁判の書類を作っているとき、「まあ、こんなものでいいか」と妥協してしまいそうになると、あの声が聞こえます。「君は憲法の価値を全くわかっていない!やり直し!」と。 

つづく…

コラム 「僕と憲法」 第3弾!!(憲法劇)

2008/01/15  CATEGORY/コラム
コラム 「僕と憲法」 第3弾!!


私は、小学校と中学校に、特に何の困難もなくあたりまえのように通いました。
私は、どうしてあたりまえに学校に通い、勉強することができたのか、考えたこともありませんでした。

その答えである、憲法第26条の存在を知ったのは憲法劇で小学生の役をやったときです。

日本国憲法 第26条は、教育を受ける権利および義務教育について規定しています。

1 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。
  義務教育は、これを無償とする。

このように、憲法26条は誰もが平等に一定の教育を無償で受ける権利があり、
保護者には、教育を受けさせる義務があると書かれています。

小学校、中学校に通えたことが、堅苦しいイメージの「憲法」のおかげだったなんて、驚きでした。

それは、実際に私は、この憲法第26条の存在を知っていなくても学校に通い勉強できたし、
憲法を知らなくても、暮らしていけると思うからです。

しかし、今、そんな私たちの認識のなさを利用した権力が私たちの権利や自由に迫ってきているようです。
教育の世界は、平等に教育が受けられるはずなのに、
なぜか一部の学校は選択制になり、お金がある人と、ない人の教育の中身が変わってしまうとか、
遺伝子検査をして、私たちの未来を操作しようとする人まで出てきました。

自由や権利は、「あることが当たり前だ」、と安心していると、
知らないうちに奪われていたりするものだと私は思います。

今、自分に働いてくれている権利や自由は何なのか、考えてみたいです。
例えば、学校に通えていること。
例えば、日本の政治に参加できること。

私は、今の私に働いている権利と自由が権力に奪われないために出来ることは、
守ってくれているその存在を忘れないことだと思います。
忘れなければ、奪われそうだと気付いたとき、「どうして?」「それって変じゃない?」
と疑問をもつことが出来ると思うからです。疑問は声に出したくなります。
その疑問を、声に出すことができる場所、それが私にとっては憲法劇です。

関連する条文へ
憲法第26条